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目黒散歩


JR目黒駅西口を左手に権之助坂を見ながら右に出、目黒通りを
山手通り方面に向かって下っていくと、右手に小綺麗なホテルがある。
そのビルの地下1階に「BLUES ALLEY JAPAN」はある。
初めて店を訪ねたとき、私はこの権之助坂というネーミングに妙に惹かれてしまった。 その名の由来を、きちんと調べておけばよさそうなものだが、 何事にも面倒臭がり屋な性格が災いして、あれこれと想像するだけで、放っておいた。 おそらく、昔この坂のどこかに権之助という人が居を構えていた程度の 理由なのだろう、などと思っていたが、そうでもないらしい。 確かに沼権之助という名主が江戸時代中頃におり、しかし、
ただ住んでいたといった訳ではなく、彼は村人たちの 利便のため交通の難所で あったこの地に、新しい道を開いた。 ただ幕府の許可なしにこれを行ったため、彼は罪に問われてしまった。 このことから、「権之助坂」と呼ぶようになったらしい。

確たる証拠はないのだが、 有力な説の1つであることは確かである。 ともあれ、坂の名の由来の人物が権之助さんで よかったと思う。 語呂がいいのである。 これがもし坂上田村麻呂だったり下柘植次郎左衛門 だったりしたら、 長ったらしくて言いづらい。 ましてや外人さんだったりしたらもっと変だろう。 ジョニーとかボブのあとに「坂」とつけても、 まったしっくりこない。やはり権之助さんである。 そんなことを考えながら初めて訪れたBLUES ALLEY JAPANは、 しゃれた内装、スーツ姿の店員、 広い客席といったようにGEORGIE PIEにはまったく似合わない感じであった。 「ウチでライブをやらないか? ついては1度店を見にきなよ」 とBLUES ALLEY JAPANのT氏に誘われ、足を運んだのであったが、 バンドと店の雰囲気があまりにかけ離れているように思えてならなかった。 何度も何度も熱心に誘ってくれるT氏にそのことを伝えると 「そのミスマッチがいいんじゃない。バンドが汗だくでやってる目の前で、 ナイフとフォーク使って食事してるってのも結構笑えるよ」ときた。 このT氏の言葉に皆大笑いしてしまい、と同時に 「T氏は本気でGEORGIE PIEを気に入ってくれているんだなぁ」 という確信を持った。 その日以来、いろいろな形でサポートしてくれるT氏のことを私たちもすっかり信頼して、 現在ではGEORGIE PIEの活動拠点はBLUES ALLEY JAPANだと言える程にお世話になっている。さて、


2001年6月7日。GEORGIE PIE BLUES ALLEY JAPAN LIVE!

いやぁ、前のライブから1カ月近く 空いているんで待ちくたびれたよ。 やっと この日がきてくれたか、 という感じだね。 ここんところBLUES ALLEY JAPANの ライブは 異様に盛り上がるから、 楽しみなんだよね。
というのも俺達のライブに来てくれるように なった 外人さんたちがいてさ、 そこがドッカ〜ンと盛り上がると、 まわりも つられて、どんどん 盛り上がっちゃう んだよ。 そうなると、 演奏している俺達も 「よっしゃ〜、もっとやったるぜぃ」 ってな感じになって、 ますますイイ感じに なるんだな、これが。 おまけに今日は サッカーのコンフェデレーションズカップの 準決勝で 日本が勝ったときたもんだ。 ライブと重なっちまってテレビ観戦ができねー なと残念に思っていたら、 なんとリハーサル後に 3人で入った焼鳥屋のテレビに日本代表の姿が! しかも 店のおやじが営業そっちのけで 応援してやがる。 ラッキー! 後半3分くらいから見始めたから、 中田のFKは見られなかったけど、 店のおやじと盛り上がりながら最後まで見届けたぜ。 そんな中、マサシと梅ちゃんはDFの顔面に キックが当たったり、 ひじが入ったりするたびに 「うわ〜〜〜、痛そう。キレイに決まったな」 とか言ってるんだよ。 まったく格闘技好きな奴らだよ。 さ〜て勝って気分もいいし、今日も頑張るぜ! 今日の1曲目は「Wondering Feeling 」、次「LONDON 1966」。GEORGIE PIE最近の黄金パターン。 そして3曲目は「VooDoo Chile」。 マサシが、あの、あまりに有名なイントロを弾き始めると、 お客さんがどっと盛り上がる。 もう何年も演ってるのに、 まったく飽きないんだよな。 客席にいた関口さん(ex.GEORGIE PIE Drums)も喜んでたはずだよ。 そして4曲目は!! ・・・忘れた。 もうこの後の曲順は、すっかりきれいさっぱり忘れた。 何度も言うようだけど、ウチのバンドはセットリストがないから、 2時間のステージ全部覚えてろって言うのは無理ってもんだぜ。 これじゃライブレポートにならねーじゃないか。まったく。次回はなにかうまい方法考えとくよ。 ところで、もう知っている人も多いと思うけど、今年もまたU.S.ツアーに行ってくるよ。 去年は東の方だったけど、今年は西海岸一帯を荒らし回ってくる予定だ。 あと、S.R.V.を生んだテキサスにも行って来るぜ。 しばらくみんなと会えないけど、GEORGIE PIEがU.S.をKick Assするのを応援していてくれよな!!

   
ところで古い話になるが、高校生の頃の私にとって 、 目黒という場所は特別な場所であった。 というのもその頃の私にとって、 「目黒鹿鳴館」といえばライブハウスの頂点であるといった 意識が漠然とあり、 将来はバンドを組んでそこで演奏することが、バンド活動を続ける上で必要不可欠であると 思っていたからである。 高校を卒業して上京 (正確には埼玉県だったのだが)。 田舎から一緒に上京したバンドのメンバーと初めて「鹿鳴館」に ライブを見に行ったときのことは、 まだよく憶えている。あのときも駅で待ち合わせをして権之助坂を下って行った。 その日演奏していたバンドは、 若い女の子のお客さんが多くて 、田舎者の 私たちには、 とてもきらびやかに見えた。夢にまで見た 「東京でのバンド生活」 を実現している人達を間近で見て、 羨望と焦燥が入り交じったような 気持ちで 家路についたのであった。 そして12年ほどが過ぎた今、 私はあのささやかな夢をなんとか 実現している。 が、昔夢見た この場所も、 まだゴールではない ことに気づいている。 新しいやりたいこと、 新しい夢が どんどん出てきて、 いっこうに終わりなど 見えてこない。 昔、一緒に鹿鳴館にライブを見に行った メンバー達は、 今はそれぞれ仕事を持ち、 家庭を持って暮らしている。 それに引き換え30も過ぎて夢だなんだと 言っている私は、 自分でも少しばかなんじゃないかとも思うのだが、 そんな自分がちょっと好きなのも、 また事実である。


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